2011-01-01から1年間の記事一覧

スワン家のほうへ(11)

ほんのしばらく前にまだ化粧室が広がっていた場所は、いまや小さな中庭に占められ、私が暗闇のなかで再建していた住まいは、覚醒時のすべてが旋回していたときにかいま見たさまざまな住まいと合流してしまった。その住まいが追い立てられたのは、カーテンの…

スワン家のほうへ(10)

リンゴの木々が、均斉のとれた間隔をあけて植えられ、ほかのどんな果樹の葉とも混同しようのない独特の葉でわが身を飾り、白いサテンのような大きな花弁を開いたり、ほんのり赤く頬をそめた内気な蕾の束をぶらさげていたりした。私は、メゼグリーズのほうで…

サイモン・ラトルのブラームス

あれは何年前のことだろうか?たしか、「蛇がピアス」とか、「蛇にもピアス」だったろうか、そういう動物虐待的題名で芥川賞を受賞、文壇に颯爽とデビューした若い女性作家さんがいらしたが、そのことはぼくに、フランソワーズ・サガンが 「悲しみよこんにち…

スワン家のほうへ(9)

春の休暇のはじめは陽が早く沈むのだが、サン=テスプリ通りにたどり着くと、家の窓ガラスはまだ夕陽の残照をとどめ、カルヴァリオの丘の森の奥には深紅の帯が広がり、その帯がさらに先の池にも映し出されていた。真っ赤な夕映えのあとはかなり冷えこむことが…

スワン家のほうへ(8)

「ああ、それじゃ、バルベックにお知り合いがおられるのでしょうか」と父は言った、「ちょうどこの子が、そこに祖母と二ヵ月滞在する予定なんです。もしかすると家内も参るかもしれません。」 ルグランダンはこの質問に不意をつかれたが、父をじっと見ている…

スワン家のほうへ(7)

コンブレーの庭のマロニエの木陰ですごした日曜の晴れた午後よ、私自身の凡庸なできごとを入念にとりのぞき、かわりに清流に洗われた土地での奇妙な冒険と憧れの暮らしを満載してくれた午後よ、お前はいまもなお私にそのときの暮らしを想起させてくれる。そ…

2011年3月11日の地震について

午後3時からの診療に備えて、いつものように準備をしていた時にそれは起こった。いままでに経験したことのない大きな揺れと長く続く激しさに驚愕しながらも、診療開始時間にはすっかりおさまり、定刻の3時少し前からいつもどおり診療開始。一時間ほどで患…

スワン家のほうへ(6)

このように私の部屋の薄暗い冷気は、通りに照りつける太陽と呼応していたが、それは影 が光ゆえに生じるのに似て、太陽と同じように光り輝き、私の想像力に夏の全景をそっくり映し出してくれた。 失われた時を求めて(1)――スワン家のほうへI (岩波文庫)作者…

スワン家のほうへ(5)

サン=チレール教会の鐘塔は、遠くからそれとわかり、コンブレーの町がまだ見えないうちから地平線上に忘れがたい姿を刻みつけていた。復活祭の週に私たちをパリから運んできた汽車の窓から見ていると、鐘塔が空に描かれた雲の畑をつぎつぎと越え、小さな鉄の…

スワン家のほうへ(4)

それは、すぐそばの田園の匂いと同じで、いまだ確かに自然の、空色の匂いをとどめているとはいえ、すでに出不精な人に特有の匂いとなり、一年のありとあらゆる果物が手際よく処理され、透明で美味なゼリーとなり、果樹園から食料戸棚へと移った趣がある。季…

スワン家のほうへ(3)

http://d.hatena.ne.jp/mii0625/20040812そして家とともに、朝から晩にいたるすべての天候をともなう町があらわれ、昼食時にお使いにやらされた「広場」はもとより、私が買い物に出かけた通りという通り、天気がいいときにたどったさまざまな小道があらわれ…

スワン家のほうへ(2)

夜、家の前の大きなマロニエの下で、私たちが鉄製のテーブルを囲んで座っていると、庭のはずれから聞こえてくる呼び鈴が、溢れんばかりにけたたましく、鉄分をふくんだ、尽きることのない冷んやりする音をひびかせる場合、その降り注ぐ音をうるさがるのは「…

スワン家のほうへ(1)

長いこと私は早めに寝む(やすむ)ことにしていた。ときにはロウソクを消すとすぐに目がふさがり、「眠るんだ」と思う間もないことがあった。ところが三十分もすると、眠らなくてはという思いに、はっと目が覚める。いまだ手にしているつもりの本は下におき…

スワン家のほうへ

楽天に吸収合併される前の「ライコスダイアリー」というところで、2002年の2月からウェッブにログを書いてきた。この過ぎ去った9年間を省みれば、なんといっても約一年以上を費やしてプルーストの小説「失われた時を求めて」の鈴木訳を読みながら、ブ…