鈴木道彦教授の全訳版「見出された時」の帯にはこうある
失われた時を求めて(12) 第7篇 見出された時 1
戦時下のパリ。シャルリュス男爵は、
禁断の愛に、夜ごと老残の身を捧げた
■ジュピアンの宿-1
1916年の空爆下のパリで、語り手はシャルリュス男爵と長い会話をする。
シャルリュス男爵は地位も名誉も失い、老いた肉体をかかえながら、それでも快楽を追求して止まないのだった。
「さあ、それじゃここで失礼」と語り手に告げると男爵は語り手の手を砕けるほどに強く握りしめるのだった。
澄みわたって、風ひとつない夜だった。語り手は幾つもの橋梁と、水に映るその影とが形作る円環のあいだを流れるセーヌ川が、きっとボスポラス海峡にそっくりだろうと想像するのだった。
語り手はふと気が付くとパリの中心からだいぶはずれたところに来てしまって、ガソリンの欠乏でたまにしかみつからないタクシーは、中近東人か黒人がドライバーで、あたりのバーもみな閉まっていた。ホテルというホテルは、パリにドイツの爆撃機が爆弾を落とすようになってからというもの、戸を閉ざしていた。こんな界隈のなかで一軒だけ、他と異なって極度の恐れや破産に打ち克ったらしく、生き生きと活動を続けて繁盛しているホテルがあった。
そのホテルから、あのゲルマント家の輝ける星、語り手の初恋の女性ジルベルトと結婚したサン=ルーが出てきたような気がして、そのホテルへと向かう語り手だった。
そのホテルは男性専用のホテルだった。