ジュピアンの宿-2

ホテルの待合には、兵士など若い男がたくさんいた。ほぼ満室状態のホテルだったが、語り手は運良く四十三号室をゲット出来た。喉が渇ききっていた語り手は部屋に何か飲み物を持ってきてください、とフロントに頼むと、部屋にはカシス(黒すぐり酒)が運ばれてきた。
カシスを飲んだ語り手は、好奇心が湧いてきて、階段を降りたり昇ったり、ホテル内を探検するのだった。最上階の廊下の端に一つだけ離れている部屋の中から、押し殺したようなうめき声が洩れているように思い、ドアに耳を押し付けてみた。
『お願いです。後生ですから、後生ですから、お情けを。私をほどいてください。そんなに強く打たないでください』
『ならん、この悪党め。お前はわめいたり這いまわったりするから、ベッドにくくりつけてやる。絶対にゆるさんぞ』
そして、ぴしりと鳴る鞭の音が聞こえたが、おそらくその鞭には鋭い釘がついていたのだろう。というのも、それにつづいて悲鳴が聞こえたからである。
そして部屋の横手の丸窓から部屋を覗いた語り手は見た。
岩に縛り付けられたプロメテウスのようにベッドに縛り付けられ、釘の植わった鞭で打たれて、血まみれになっている、シャルリュス男爵を。
■ジュピアンの宿-3
結局のところ、シャルリュス男爵はあのドンシエールの駅のプラットホームで出逢った美男のヴァイオリニスト、モレルを忘れることが出来なくて、次から次へとモレルに似た男を求めて、男遊びを続けているのではないか、とジュピアンのホテルでモレルに似ているといえばいえなくもない、若い善良そうな、体格の良い美男(彼はモーリスという名前だった)に釘(くぎ)付きの鞭で叩かれながら、身悶えし、快楽の海をさまよう男爵を見て、そう思う語り手だった。
また、そろそろ帰ろうと思った語り手は、待合で、さまざまな男同士のカップル、代議士や神父や、またクールヴォワジエ子爵など、さまざまな人々が訪れるのを目の当たりにするのだった。
そして待合では、フレッシュな話題として、戦功十字章を落としていった客のことで持ちきりだった。
男爵を見送りに出て帰ってきたばかりのジュピアンと立ち話をして、漸く家路をたどる語り手を襲ったのは空爆だった。
まるでカタコンベ(地下納骨所)のようなメトロ(地下鉄)を防空壕として空爆から避難する語り手だった。
そして対空砲火と炸裂する爆弾とで、まさに先程まで語り手がいたジュピアンの宿は、まるでソドムの町のように思えるのだった。