見出された時

『日がな一日私が過ごしているいくらか鄙(ひな)びたその家は、せいぜい散歩の合間に昼寝をしたり、雨やどりに立ち寄ったりする場所にしか見えなかった。…』
プルーストの小説、「失われた時を求めて」の最終、第七篇、「見出された時」はこのような書き出しで始まる。
タンソンビルからパリへ戻った語り手には、病気で数年間の療養所生活を送った長い空白の期間がある。その間に第一次世界大戦が勃発、1914年に2ヵ月間パリに検診のため滞在し、再び療養所生活に戻り、1916年に大戦下のパリを訪れる。
戦争は社交界の地図を一変させ、今やヴェルデュラン夫人などが女王のように君臨している。
シャルリュス男爵は社交界における輝かしい地位を完全に失った。ヴェルデュラン夫人と美貌のヴァイオリニストのモレルが男爵をこきおろしたばかりか、軽薄な社交界の人たちは、男爵を時代遅れでドイツ贔屓(びいき)の同性愛者と見なして、相手にしなくなったのである。
1916年の空爆下のパリで、語り手はシャルリュス男爵と再会し、長い会話を交わすのだった。
武満徹さんの「翼」
風よ 雲よ 陽光(ひかり)
夢をはこぶ翼
遥かなる空に描く
「希望」という字を
ひとは夢み 旅して
いつか空を飛ぶ
かつて、ニュ−ス23のエンディングテーマとして流れていたこともある、石川セリさんが歌う、武満徹さん作詞・作曲の「翼」を僕は、ときどき思い出して、聴くことがある。
ライト兄弟による夢の実現http://d.hatena.ne.jp/mii0625/20040615からわずか13年後に、人はその夢の乗り物から爆弾を落とすことになった。