消え去ったアルベルチーヌ


酒井法子容疑者は失踪五日後、出頭、逮捕されたが、アルベルチーヌは語り手の前から失踪したまま、ついに帰らぬ人となってしまった。

ドストエフスキーの新訳、『カラマーゾフの兄弟』で一躍有名になった光文社古典新訳文庫から、マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』の一編、『消え去ったアルベルチーヌ』が昨年の五月に発売された。遅ればせながら、昨夜読了。

これは鈴木道彦訳『失われた時を求めて』第六篇、『逃げ去る女』に当たるもので、マルセル・プルーストが生前最後に改訂したグラッセ書店版を高遠弘美教授が訳されたもの。

訳文の文体は鈴木訳とは全然違う印象だが、この辺のことは同じ譜面を読んでも指揮者によって表現がかなり異なってくるクラッシク音楽と似たようなもので、とやかく言おうとは思わないが、ただ、どちらを好むか、と言えば、圧倒的に鈴木訳であるが、これは初めて読んで感動したのが鈴木訳だったから、という理由からだけなのかも知れない。
それよりも何よりも、『消え去ったアルベルチーヌ』と鈴木訳『逃げ去る女』の一番の違いは、その量である。後者が全536ページであるのに対し、新訳は190ページしかない。約三分の一である。プルーストは生前最後の改定で、『逃げ去る女』をまるでジャコメッティの彫像のように穿ってしまった!

なぜ、プルーストは『逃げ去る女』を約三分の二もカットしてしまったのだろうか?

そういう観点からすると、むしろ光文社古典新訳文庫の高遠訳『消え去ったアルベルチーヌ』は、後半の“グラッセ版編者解説”がとても重要になるのだろうが、一般読者のひとりでしかないぼくにとっては、手に余るのだった。

消え去ったアルベルチーヌ (光文社古典新訳文庫)

消え去ったアルベルチーヌ (光文社古典新訳文庫)

失われた時を求めて〈11〉第六篇 逃げ去る女 (集英社ヘリテージシリーズ)

失われた時を求めて〈11〉第六篇 逃げ去る女 (集英社ヘリテージシリーズ)