越境の時
マルセル・プルースト「失われた時を求めて」の訳者、鈴木道彦さんの著書、「越境の時 1960年代と在日」を読了。
1945年戦後第一回のフランス政府給費留学生として渡仏された数人の方々のなかのお一人に、東大仏文科助教授の哲学者、森有正さんがおられた。森さんはパスカル研究の仕上げのために2年間の予定で渡仏されたのだが、その2年の留学期間が過ぎても森さんは日本に戻ることが出来なかった。
当時の東大総長、南原繁さん直々のパリでの帰国説得にも応じることが出来ず、東大を依願退職し、爾来パリで、通訳や翻訳などのバイトをなさりながら、東洋語学校の講師など、徐々にパリで生活の基盤を造り上げっていったのだった。
その後、1960年代半ばから森さんはパリでの思索の日々のエッセイを、筑摩書房の雑誌「展望」などに次々と発表なさり、10代後半だったぼくは同時代的に雑誌「展望」に森さんのエッセイが載るのを心待ちにしていた。
なぜ、「越境の時 1960年代と在日」の読後感にこんなことを書いたのかというと、森さんに遅れること9年にして鈴木道彦さんはやはりフランス政府給費留学生として渡仏し、それはアルジェリア独立戦争真っ只中のことであり、ある切っ掛けから鈴木さんはFLNに関してフランス警察の取調べを受けたのだそうだ。1時間半の取調べを受けた後、開放されたのだが、鈴木さんはその時、国土監視局の取調官に「おあいにくさま」と捨て台詞を残して取調べ室を去ったのだが、
当時パリでよくお会いしていた私の高校時代の旧師で哲学者の森有正氏は、それを聞いて苦笑しておられた。
ぼくはこの、ほんのわずか数行のフレーズから、森さんの顔と声をはっきりと思い浮かべたのだった。
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