ブッデンブローク家の人びと(15)

ブッデンブローク家の人びと〈上〉 (岩波文庫)

「家内は贅沢に慣れていますから。」とグリュ−ンリッヒ氏は、腹立たしそうに言った。

トーニはそれには一言も反対しなかった。落ち着き払って椅子の背に寄りかかり、膝の上の部屋着のビロードのかざりリボンの上に両手を重ね、上唇を聞かん気らしく突き出して言った。
「そうですの。…わたし、贅沢に慣れてますの。それは確かですわ。ママの性質をもらったらしいんですの。クレーガー家の者は、みんな贅沢な傾向があるようですの。」


「わかりましたよ。…しかし、ここで信用貸を拒絶なさらんで、ケッセルマイヤー…!」
「信用貸?まだこの上に信用貸を?あなた、いったい気は確かですか?新しく借りるつもり…?」
「よろしい、ケッセルマイヤー、義父に手紙を書きましょう。しかし、断られたら?私を見捨てようとしたら?…」
「ああ…なるほど!破産を、あなた!そうなってもわたしは痛くも痒くもない、これぽっちも!あなたが、あちこちで工面した利子で、わたしは元金をだいたい回収していますからな。…それに、よろしいですか、わたしは絶対に損はしませんよ。この家(うち)のことは、手に取るように知っていますからな、あなた!財産目録も、今からポケットに用意していますからな。…なるほど!パン入れの銀の籠も、部屋着も、かくされないように、目を光らせていましょう。…」

そしてケッセルマイヤー氏は帰るらしかった。さよう、帰った。廊下を通り過ぎる引きずり気味の、妙な足音が聞こえ、両腕を櫂のようにふり動かしている銀行家の姿が、目に見えるようだった。…