ブッデンブローク家の人びと(14)

ブッデンブローク家の人びと〈上〉 (岩波文庫)

「お前さんは子供好きではないらしいね、アントーニエ。」

「子供好き…子供好き…わたし、時間がないのよ!家事で手いっぱいよ!朝がきて目がさめると、夜までにやってしまわなくっちゃならないことを二十も考えるし、ベッドにはいる前にはそれまでにやってしまわなかったことを四十も考えますのよ。」

「今からあの子にかかりきりの娘を雇うのは家(うち)の経済では出来ない相談だよ。」

「家(うち)の経済では!まあ、なんてことをおっしゃるんでしょう!わたしたちお乞食(こも)さん?必要なものまで不自由しなくてはなりませんの?確か、わたし八万マルク持って、嫁いできたはずですわ。…」

「ああ、お前さんの八万マルクね!」

「もちろんですわ!…あなたはなんでもないことのようにおっしゃるけれども。…あなたは、そんなお金、問題になさっていらっしゃらないけれども。…あなたは愛情でわたしと結婚なさったんだわ。…でも、だいたい今でもわたしを愛していらっしゃいますの?」

「あなたは、だいたい今でもわたしを愛していて下さるの?」とトーニはくり返した。…

「返事もして下さらないなんて、失礼ですわ。実家の風景の間(ま)であったこと、思い出していただきたくなりますわ。…」

「それで、お前さんは?お前さんは私を破産させてしまうよ。」

「わたしが?…わたしがあなたを破産…」

「そうだよ、お前さんの働き嫌い、召使欲しさ、金遣いの荒さで、私は破産だよ。…」

「まあ!わたしの育ちのいいのを、とやかくおっしゃらないで!…
わたし、最低の手助けくらい断られないだけの権利があるつもりですわ。実家の父ってお金持ちですもの、わたしが召使にまで不自由しているなんて、思ってもいらっしゃらないわ。…」

「それだったら、そちらから金がはいってくるまで、三人目の女中は待つんだね。」

「グリューンリッヒ。」とトーニは前より落ち着いて言った。…「にやにやしていらっしゃるのね。家(うち)の経済っておっしゃったわね。仕事でなにかへまをなさって?」

 そのときドアがノックされた。廊下とつながっているドアが、短気にこつこつノックされて、銀行家のケッセルマイアー氏がはいってきた。