ブッデンブローク家の人びと(3)

ブッデンブローク家の人びと〈上〉 (岩波文庫)

ホフステーデ氏は、斜面机の上に飾られていたセーブル産の陶器の見事なインキ壺に感心した。黒い斑点のある猟犬を模したインキ壺であった。ドクトル・グラーボは、コンズルと同じくらいの年齢だった。薄くなった頬髭の陰から、善良そうなおだやかな長い顔を見せて、食卓に並べられているケーキ、小粒の乾し葡萄入りのパン、さまざま詰め物をした塩入れを、微笑しながら見ていた。親類や友人からブッデンブローク家の転居祝いに贈られてきた「塩とパン」であった。しかし、贈り物が、低い階級の家庭から届けられたものではないことが一目でわかるように、パンは甘い、香料入りのどっしりとしたパンケーキであったし、塩は分厚い金の容器にはいっていた。