ブッデンブローク家の人びと(2)

ブッデンブローク家の人びと〈上〉 (岩波文庫)

「ほんとうにありがとう。」とこの町の詩人、ジャン・ジャック・ホフステーデ氏は男たちと握手をし、婦人たちにーわけてもすごく尊敬しているコンズル(名誉領事)夫人にーいつもの念入りなお辞儀を二度、三度しながら言った。新しいジェネレーションには真似ようと思っても、出来ないお辞儀であって、気持ちのいいおだやかな、慇懃な微笑を浮かべながらのお辞儀であった。

「ケーニッヒ通りで、学校から帰るお二人に会いましてな。」と詩人は言った。「りっぱな少年ですな、コンズル夫人?トーマス君は、堅実な、真面目な少年で、まちがいなくりっぱな商人になりますね。これは今から疑いなしです。これに反して、クリスチアン君は、私にはどうも少し謎でしてね、いかが?少し桁外れで。…でも、私としてはぞっこん参っていることを白状しますがね。大学で勉強することになりましょう。才智もあり、素質もすばらしいし。…。」

クリスチアンは、七歳の少年だったが、今からおかしいくらい父親(コンズル・ブッデンブローク)に似ていた。父親と同じにくぼんだ丸い、かなり小さい目をしていたし、今から鼻も大きく飛び出て、段になっていた。

弟の天分を持ち合わせていなかった兄のトーマスは、弟とならんで立ち、無邪気に心から笑いつづけた。トーマスの歯は、そんなに美しい歯ではなく、小さくて、黄ばんでいた。鼻は、目につくほど線が美しく、目も顔立ちも、たいへん祖父(老ヨハン・ブッデンブローク)似だった。