ブッデンブローク家の人びと(1)

ブッデンブローク家の人びと〈上〉 (岩波文庫)

みんなは、ブッデンブローク商会が、しばらく前に買い取って、家族が移り住んだばかりのメング通りの広大な古い邸宅の二階にある「風景の間」にかけていた。

寒くなるのが、例年よりも早かった。窓のそと、通りのむこうでは、十月も中旬だというのに、マリーエン教会の墓地を取り巻いている小さな菩提樹の葉がすでに黄色くなり、教会のゴチック式のどっしりとした角(かど)や隅のまわりに風が唸り、細かい冷たい雨が降っていた。

木曜日であって、木曜日には一週間おきに、一族の全員が顔を合わせることになっていた。

幼いアントーニエは、祖父のヨハン・ブッデンブロークの言葉に耳を傾けずに橇で滑り降りつづけ、いつもいくぶん突き出ている上唇を、拗ねていっそう下唇の上に突き出していた。

しかし、祖父の膝の上から、窓に取り付けてある「窓鏡」を見ていたトーニがほとんど同時にさけんだ。
「トムとクリスチアンがヨハネス通りをのぼってくるわ。」