スワンの恋

 そんなとき、スワンは彼女に憎しみを覚えた。「それにしても、あまりにばかだった」と彼は自分に言いきかせる。「自分で金を払って他人に快楽を得させているんだから。なにはともあれ、オデットも少しは気をつけてあまりつけ上がらない方がいい。もう金輪際あいつには何もやらんということになりかねないからな。いずれにじても、ここ当分は、もうよけいな好意はおしまいだ!昨日だって、バイロイトの音楽祭に行きたいと彼女が言うものだから、愚かにも、二人で、バイロイトの近郊にある、バイエルン王の美しい城のひとつを借りようなどと言ってしまったくらいだ。それなのに彼女はとび上がって喜ぶほどでもなかったし、まだ行くとも行かないとも言わないほどなのだ。こうなったら、いっそ彼女から断られたいものだ!あいつはワーグナーなんぞどうでもいいのだ。まるで魚がリンゴなど、見向きもしないようなものさ。その彼女と一緒に二週間もワーグナーを聴くなんて、さだめし楽しいことだろうよ!」

失われた時を求めて 2 第一篇 スワン家の方へ 2 (集英社文庫)

失われた時を求めて 2 第一篇 スワン家の方へ 2 (集英社文庫)