失われた時を求めて(上)作者: マルセル・マルセル・プルースト,マルセル・プルースト,鈴木道彦出版社/メーカー: 集英社発売日: 1992/06/19メディア: 単行本購入: 1人 クリック: 18回この商品を含むブログ (26件) を見る

プルースト「スワン家の方へ」

  • プチット・マドレーヌ-2

少したって、、陰気に過ごしたその一日と、明日もまた物悲しい一日であろうという予想とに気を滅入らせながら、私は無意識に、お茶に浸してやわらかくなった一切れのマドレーヌごと、一匙のお茶をすくって口に持っていった。ところが、お菓子のかけらの混じったその一口のお茶が口蓋にふれたとたんに、私は自分の内部に異常なことが進行しつつあるのに気づいて、びくっとしたのである。素晴らしい快感、孤立した原因不明の快感が、私のうちにはいりこんでいた。おかげでたちまち私には人生でおこるさまざまな苦難などどうでもよく、その災厄は無害なものであり、人生の短さも錯覚だと思われるようになった。その快感がちょうど恋の作用と同様に、なにか貴重な本質で私を満たしたからだ。というよりも、その本質は私の内部にあるのではなくて、それが私自身であった。