エルスチールと一枚の絵

バルベックの海辺を行く美少女たちを認めたその日から、彼女たちのことばかりを想って日々を過ごす語り手だったが、二度と出会うことはなかった。
そんな或る日、サン=ルーと共にある夏の夜の、海のバルベックのレストランで知遇を得た、祖母も最も偉大な芸術家の一人だと心得ている著名な画家、エルスチールのアトリエを訪問するという偉大なことでさえも、海を行く美少女たちに再び会えるかと思って、一日延ばしに延ばしていたのだが、ついに、海岸通りを走る電車に乗って、バルベックの新興の別荘地にある画家エルスチールのアトリエを訪れる語り手だった。
エルスチールのアトリエの描きかけの一枚の絵を観た語り手は、この印象派の巨匠、エルスチールの一枚の絵についての印象を深々と語るのだったが、涼しくなってきた夏の夕方近く、ふとアトリエの奥の窓から、細い抜け道を見ると、あの海辺を行く美少女たちの一人、黒い「ポロ」帽を目深に被った、自転車を押す少女が画家エルスチールのアトリエへと向かってくるのを認めた。
そして、その美少女の名はアルベルチーヌ・シモネというのだった。