天文学者

mii06252006-12-09

天文学者

ぼくは幼い頃から星空を眺めるのが好きだった。冬ともなれば午後3時ころから暗くなるこのデルフトの町では夜の5時ともなれば、もう真っ暗で夜空にはそれこそ降って来るほど大量の大小さまざまな星が光り輝いていて、そうだ、あの星座がオリオンだ、あれが北斗七星だ、とさまざまな物語のことを思って、母に早く寝なくてはいけないと注意されるまで、ぼくは飽きることなく夜空の星を眺めて楽しい時を過ごすのだった。

長じて16歳を迎えた春のこと、ぼくは織物業者だった父の伝手を頼って、天球儀の権威のベルナルド師に就いて、それからは学者として、母に夜更かしを怒られることもなく、心ゆくまで、星の研究に没頭することが出来るようになった。

そんな穏やかな学究生活を送っていたぼくにとって、あの9年前の『火薬庫大爆発』ほど、衝撃の大事件は無かった。デルフトの街のほぼ半分を壊滅状態にしてしまった、火薬庫の爆発と、それによって引き起こされた大火事による災害は、ぼくが星の研究を続けていくことが、この大災害で苦しむデルフトの町の人々にとって、何の役にも立たないのではないか、そういう思いからぼくは抜け出すことが出来なかった。

そのようなぼくの暗いこころを元気付けてくれたのは悪餓鬼フェルメールの一枚の絵だった。ぼくより4歳年上の、あの悪餓鬼フェルメールは、幼い頃は勉強はちっともしないで悪戯ばっかりしていたくせに、絵だけは馬鹿みたいに上手かった。

そんな悪餓鬼フェルメールが炎上から免れたデルフトの町を精緻に、心を込めて、一心に描ききることによって、デルフトに住む人々のこころに生きる勇気と希望を与えてくれたのだ。

一枚の絵がこれほどの希望と勇気を与えてくれるとは…。

フェルメールの一枚の絵によって再び天空の研究に真剣に取り組めるようになったぼくは、そうだ、あの悪餓鬼だったフェルメールさんに、感謝の思いを込めて、ぼくが真剣に天球儀を眺めながら研究に打ち込んでいる姿を描いてもらうと決めたのだった。

フェルメールさんに依頼してから約一年、出来上がったこの絵にぼくはとても満足している。


謎解き フェルメール (とんぼの本)

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