ブッデンブローク家の人びと(9)

ブッデンブローク家の人びと〈上〉 (岩波文庫)

 秋になって、最初の秋風が強く吹き始めた。空には灰色の薄い千切れ雲が、慌ただしく流れた。暗い海は、波が荒くなり、見渡す限り泡立っていた。大きいうねりが、おびやかすようなきびしい無関心さで近づいてきた。金属のような光を帯びて、暗緑色のふくらみを見せて、壮大に落ちかかり、砂の上にざわめきながら寄せてきた。

 シーズンはすっかり終わりだった。シーズン中は海水浴客でにぎやかだった浜は、小屋があちこちで壊され、休憩用の籐籠椅子が点々と残されているだけになり、死に絶えたように荒涼となった。トーニとモルテンは、午後になると、だれもこない離れた場所に腰をおろしていた。

 モルテンは、トーニに顔を向けて、かたわらに頬杖を突いて横になっていた。ときどき鴎が一羽、波の上方を舞い、鋭い叫びをあげた。海草を浮かべた緑色のうねりが、おびやかすように近づいてきて、立ちふさがる石塊にあたって砕けるさまを、ふたりは見つめていた。

 この永遠のどよめきは、心を麻痺させ、、黙らせ、時間の感覚を殺してしまった。

 ついにモルテンは物思いから目ざめようとするような身動きをして、たずねた。
「いよいよ、近くお別れですね、トーニお嬢様。」
モルテンは頬杖をしていた顎の位置を正し、トーニをみつめた。
「今までのばしてきた質問ですが、よろしいでしょうか?グリュ−ンリッヒさんというのは何者です?」