ブッデンブローク家の人びと(7)

ブッデンブローク家の人びと〈上〉 (岩波文庫)

ヨハン・ブッデンブローク老人は若いころ、ブレーメンの商人の娘だった先妻を、いじらしいほど愛していたらしかった。先妻のそばで過ごした短い一年間は、最良の一年間だったらしかった。「わが生涯の最も幸福なる年」と波状線で強調され、アントアネット夫人にそこをのぞかれるのを覚悟の上で、帳面に書き込まれていた。……

 そして、ゴットホルトが生まれ、この初産で母親のヨゼフィーネは亡くなった。……それについて、ざらっぽい紙に、ふしぎな書き込みがあった。ゴットホルトが母親の胎内で思う存分動きまわり、母親に恐ろしい苦痛を与えたその瞬間から、ヨハン・ブッデンブロークは、この子供を激しく憎悪していたらしかった。……憎悪しつづけ、ついにゴットホルトはつつがなく元気にこの世の光を仰ぐことができ、ヨゼフィーネは、血の気のない顔を枕に埋めて冷たくなったのであった。……父親は、逞しく元気に育ったこの無遠慮な闖入者のゴットホルトが、母親を殺して生まれたことを、ついに許さなかった。……コンズルはそれが理解できなかった。先妻は死んでしまったのである。とコンズルは考えた。私だったら、女としての尊い仕事をなしとげた妻への愛情を、妻が生命を与え、死にながらあとへ遺してくれた子供へ、やさしく移したことだろうと。……父親は、長男を破廉恥にも幸福な生活を破壊した男としか考えなかったのであった。そして、父親はのちに、ハンブルグの裕福な名望家の娘アントアネット・ドュシャンと結婚し、二人は今日まで敬愛と思いやりにみちた生活を送りつづけてきた。……