初恋/疾風怒濤篇

ビートルズ来日公演に行ったふたりは秋の千葉の海岸で夕日の沈みゆく姿を見ながらファーストキスを交わした。そして四月には大学生になった。このときぼくがyに入学祝いに何を贈ったのか、いまとなってはなにも覚えていない。ただぼくがyからプレゼントされた物だけは良く覚えている。それは「印鑑」だった。yは『大学生になるとなにかと印鑑を使うようになるのよ、これからの必需品よ。私だと思って大事にして。』と言った。そしてこの言葉はその予言どおりになった。その印鑑は現在もぼくの普通預金の印鑑として活躍している。

yは四谷にある大学の外国語学部のスペイン語科に入った。フランス語っていう柄ではないしーとか言いながら…。

そのころの大学は学園紛争で大荒れだった。東大医学部に端を発した大学紛争は日大使途不明金問題などで大きく規模を膨らませながら全国的に荒れ狂った。

ベ平連活動も交えたりしながら、それでもyもぼくもノンポリで四年間を過ごし、yは卒業と同時にスペイン語を活かして旅行会社に勤めた。ぼくはまだそのとき大学三年生になったばかりだった。

波乱はその年に起こった。富裕なスペイン人家族一家を京都に案内したyは清水寺産寧坂のところで年上の男に声をかけられ、その夜、バーで飲んだと言った。初めて大人の男とデートして、まだ学生だったぼくにはない魅力を感じたと言った。ぼくはぼくで勉強が忙しかったし、二人のなかは徐々に遠ざかっていった。

翌1972年の2月におきた「浅間山荘事件」で、いよいよ機動隊が突入するということで大きな鉄アレイが放たれる直前の一瞬の静寂のなかでで固唾を飲んでテレビ画面に見入っている時にけたたましく電話のベルが鳴った。
yからだった。
yはいつもの声にやや緊張感をにじませながらこう言った、『元気?』と。