失われた時を求めて(上)

失われた時を求めて(上)

プルースト「スワン家の方へ」 

  • ヴァントゥイユのソナタに魅せられて

「そうか、よしよし分かったよ、それじゃこうしよう」とヴェルデュラン氏は言う、「アンダンテだけ弾いてもらうことにしよう」
「アンダンテだけですって?まあ、何を言うんでしょう!」とヴェルデュラン夫人は叫んだ、「そのアンダンテのおかげで、わたしは腕や足が折られるみたいに苦しむっていうのに。まったくとんだ<主人(パトロン)>だわ!まるでこれじゃ、『第九』のフィナーレだけを聴こうとか、『ニュールンベルグの名歌手』の序曲だけ聴こうっていうようなものですよ」
それでもコタール医師はヴェルデュラン夫人に、まあそう言わずにピアノを弾いてもらっては、とすすめるのだった。