呼び売りの声

昨夜、スワンとオデットが出逢った想い出のサロン、あのヴェルデュラン家を訪問すると言い出したアルベルチーヌを、アンドレに電話してまで止めさせた語り手は、アルベルチーヌと気まずい夜を過ごしたのだったが、翌朝は朝早く目を覚まし、強い喜びを覚える。そしてそれはまるで冬のさなかに挟みこまれた春の一日のようだった。
店々は朝早くからシャッターを上げ、「ええ、タマキビ貝がたったの二スー!」とか「エスカルゴォ、新しいよ、綺麗だよお」とか、まるでメーテルリンクの詩に曲を付けたドビュッシーのオペラ、「ペレアスとメリザンド」の沈痛なフィナーレになっていくような調子で、「一ダース、六スーにおまけ…」とレチタティーヴォ風に歌うのだった。
語り手はいつものように家政婦のフランソワーズに「ル・フィガロ」紙を持ってこさせ、今日も先日来寄稿した自分の批評文が掲載されていないことを確かめ、語り手が目覚めたことを確認してから語り手の寝室を訪れたアルベルチーヌに、『危ないから、この前みたいな馬の曲乗りはやめてくれ』と言ってみたり、アルベルチーヌからアイスクリームの話を聞いたりするのだった。
それはホテル・リッツ等で売っている高級アイスクリームで、お寺や、教会や、オベリスクや、岩の形をしていて、木苺で出来ていたりして、口の中でオベリスクのバラ色をした御影石を溶かすとオアシスよりも渇きを癒してくれるのよ、などとアルベルチーヌは言うのだが、これほど豊かな詩情を口にするアルベルチーヌにあらためて惚れ直す語り手だった。