眠る女をみつめて-2

アルベルチーヌさえいなければ、あこがれのヴェネツィアに行くことが出来るのに、などと考えることが可能なのも、実はアルベルチーヌが一つ屋根の下に語り手とともに暮らしてくれているからだ、ということに語り手は気が付かないようだった。
かつて見たこともなかったような三日月眉がカワセミの柔らかな巣のように、球状の瞼を取り囲んでいて、頭の位置を変えるたびに、アルベルチーヌはしばしば語り手の思いもかけなかった新たな女性を作り出す。眠る彼女の呼吸はすこしずつ深まって規則正しく彼女の胸を持ち上げ、その胸の上では、波にゆられる小船のように、組み合わされた手や真珠の首飾りが、同じリズムで規則正しく、だがそれぞれ違った動き方をしていて、彼女の眠りが満潮になり、今や深い眠りの大海に覆われたので、語り手は思いきってベッドに上がり、片手で彼女の腰をとらえ、顔や胸に唇をあてる。
それからもう一方の自由な手を彼女の身体のあらゆる部分におくと、その手も真珠の首飾りと同様にアルベルチーヌの呼吸で持ち上げられる。語り手もその規則正しい動きでかすかにゆすぶられる。
こうして語り手はアルベルチーヌの眠りの上に船出したのだった。