プチット・マドレーヌ

眠れぬ夜にふと思い出すコンブレーに関する事どもの思い出はママンの朗読以外のものが失われてから、すでに多くの歳月の過ぎたある冬の一日、ひどく寒がっている語り手に、語り手の母は、ふだんは飲まない紅茶でも少し飲ませてもらったらというのだったが、一端は辞退したその紅茶と紅茶に浸したマドレーヌを、なぜか気が変わって、無意識に紅茶に浸してやわらかくなったひと切れのマドレーヌと、ひと匙の紅茶を口にもっていった瞬間、素晴らしい快感、孤立した原因不明の快感にびくっとする語り手だった。
まったくの偶然によって、全コンブレーの思い出がひとりでにやって来るのだった。
今や家の庭にある全ての花、スワンさんの庭園の花、ヴィヴォンヌ川の睡蓮、善良な村人たちとそのさまざま住まい、教会、全コンブレーとその周辺、これらすべてがしっかりと形をなし、町も庭も、語り手の飲んだ一杯の紅茶からとび出してきたのだった。