筋金入りのホモ

『結婚したのにチャイコフスキーはホモだったのですか?良く分かりません』とのメモをいただいた。どうも僕の文章は舌足らずで分りにくいらしい、反省。
チャイコフスキーが結婚(1877年)した頃は、男は40ちかくまで独身でいると周囲から「あいつはホモだ」と蔑まれた時代だったそうだ。で、ちょうどよく、彼に熱烈な愛情メールを送ってきたモスクワ音楽院の女学生(当時写真機はもう発明されていた。その写真で見ると相田翔子さん似の美女である)と結婚する。
プラトニックな結婚生活をおくろうね〜」という彼の希望は、残念ながら初夜で裏切られ、相田さんに肉体の愛を切望されたチャイコフスキーは結婚2ヶ月後、モスクワ川に投身自殺を図るも助けられてしまう。
離婚訴訟となったが、幸運なことに訴訟中、相田さんは他の男性の子を懐妊し、晴れて離婚成立となる。
もっと面白い続きがあるのだけれど、知りたい?