続・ジュリーと僕とキンキンと

2002/03/07(木) 続・ジュリーと僕とキンキンと

Waltz for Debby

Waltz for Debby


沢田研二さんと僕と愛川欽也さんが同じ誕生日ということは少し前の日記に書いたけど、1961年6月25日、別々に各々の誕生日を祝ったかも知れない我々3人から遠く離れたN.Y.は、その日は日曜日で、午後からグリニッチ・ヴィレッジのジャズ・クラブでギグがおこなわれ、たまたま録音もされていたのだったけれど、これが「ワルツ・フォー・デビー」以下数点のビル・エヴァンス・トリオの歴史的名盤になろうとは、その日12才の誕生日を迎えた極東の一少年には知る統べも無く、おそらくは少年サンデーかなんかでそのサンデーを過ごしていたに違いないのだけれど、でもすっごいことは、そのセッションの時には生まれてもいなかった人間の心でさえ、50年後の今日でも魅了して止まない“なにか”が込めらられていたということだろう。LP「ワルツ・フォー・デビー」B面第1曲の「マイ・ロマンス」、エヴァンスは肝疾患でバナナのように腫れあがった指が鍵盤を打てなくなるその日迄、この「マイ・ロマンス」を弾き続けた。そして最期の「マイ・ロマンス」を弾いた直後に救急車で病院に運ばれ帰らぬ人となった。