ブッデンブローク家の人びと(20)

ブッデンブローク家の人びと〈中〉 (岩波文庫)

「…。まえには、人生の流れのなかに、二、三年立っていたこともあるけれども、七十歳になり、八十歳になって、いつも同じ場所にかけたまんまでいて、レーア・ゲルハルトが朗読するのを聞いているだろうって。そう考えると、大声で泣き出したくなるの、トム、喉のこのへんがつかえてしまって、息が出来なくなるの。わたしは、気持ちがまだとても若いの。そうよ、もう一度人生の流れの中にたってみたいの。

…。わたし、もう一度結婚してみたら?正直を言うと、トム、それがわたしの一番の願いよ!そうすれば、なにもかもがめでたし、めでたしになるのよ。泥を拭き取ることもできるわ。…ああ、わたしたちの名前に恥ずかしくない結婚をして、もう一度立ち上がれたら…!夢物語にすぎないって思って?」

トーマスは、話し合いにすっかり満足を感じて、椅子の背に寄りかかった。二番目のシガレットを吸っていた。夕闇が濃くなっていた。