ブッデンブローク家の人びと(19)

ブッデンブローク家の人びと〈中〉 (岩波文庫)

アムステルダム「ヘト・ハーシュ」ホテル

母上さま!
 今でもよく覚えていますが、ゲルダがミューレンブリンクの原ぎわのミス・ワイヒブロートの寄宿学校で学んでいた若い娘のころから、ぼくはゲルダから深い印象を与えられ、この印象はその後も消えたことがありませんでした。そのゲルダにふたたび会ったのです。まえよりも大きくなり、発育し、美しくなり、頭の閃きも深くなりました。

 アーヌルドセン老人にも紹介されました。あとでアーヌルドセン氏はヴァイオリンの曲をいくつか客間で弾き、ゲルダも演奏しました。演奏するゲルダはすばらしく、演奏そのもについては、ぼくにはなんにもわかりませんが、ゲルダはヴァイオリンで巧みにうたいつづけ(ほんもののストラディヴァーリです!)目に涙が浮かんでくるほどでした。

 翌日は、ベユテンカントにアーヌルドセン家を訪ねましたが、その日でぼくとゲルダはもっと親しくなり、理解し合い、知り合おうとしました。前日のように、ママのこと、トーニのこと、ぼくたちの美しい古い町のこと、その町でのぼくの仕事のことが話題になりました。…
 もうその日、ぼくはこころに固く誓いました。結婚するならこの女(ひと)と、今すぐにと。

 そこで「縁組」ですが?町じゅうの者が、この縁組を知りましたら、にやにやまばたきをして見せるだろうと、今からびくびくしています。ぼくの義父になる人は億万長者ですから。

 自分の内部を深く観察してみて、この敬愛が莫大な持参金の金額によって左右されなかったか、どの程度まで左右されたか、それを明きらかにしようとは思いません。ぼくはゲルダを愛しています。しかしゲルダを妻に迎えることによって、ブッデンブローク商会が目ぼしい運転資金の梃入れがされることになりましたら、ぼくの幸福と誇りはいっそう大きくなります。