プルースト「スワン家の方へ」 

  • ヴァントゥイユのソナタに魅せられて-2

「でも奥さん、あの人はアカデミー会員ですよ」と医師は皮肉な口調で応じた、「もし患者が、ああいった科学の帝王の手にかかって死ぬ方がいいと思ったら…。『私がかかっている医者はポタンです』って言える方がすっとシックですからねえ」
「まあ!シックですって?」とヴェルデュラン夫人が言う、「じゃあ当今では、病気にもシックなものがありますの?ちっとも存じませんでしたわ…。なんて面白いお話なんでしょう!」と夫人は、急に顔を手でおおって叫んだ。「まあ、わたしったら、かつがれているとも気がつかないで、人のいい顔をして大まじめで議論しているなんて」
一方ヴェルデュラン氏の方は、こんなわずかなことで笑いだすのはいささか面倒だと考えて、パイプの煙をぷっと吹き上げるだけにしながら、人の気をそらさないというこの領域ではもうとても妻に追いつけないと考えて、悲しい気分になっていた。
http://d.hatena.ne.jp/mii0625/20040901