一度も海を見ることなく、その生涯を終えた男

森雅裕著『モーツアルトは子守唄を歌わない』、森雅裕幻コレクション1 KKベストセラーズ 刊 読了。思わず引き込まれる小気味良いリズムの文章、さすが江戸川乱歩賞受賞作、と楽しく読んでいたのだったが、エピローグに書かれた以下の文を読んで、僕は心を乱されたのだった。
『…、ベートーヴェンゲーテの詩による合唱曲「静かな海と美しき航海」を初演し、…、結局、ベートーヴェンは生涯を通じて、海を見ることはなかった。』
そうか!そうなのだ、ベートーヴェンは生まれてから死ぬまで、海を見なかったのだ!海が母性的なものの原点だとすれば、海を見ることの無かった、寄せては返す波の音を聴くことが無かったベートーヴェンは父性的なものの原点、ドイツの森が相応しかったのかもしれない、と想った。
僕は、海の響きをマーラーの「アダージェット」に感じるのだった。